Monday, August 21, 2017

アフロヘアーの仏像と西大寺の仏像展


五劫院
アフロヘアーの阿彌陀佛
西大寺の仏像展が、阿倍野ハルカス美術館で開催されたので覗いてきた。また、8月1日から12日まで特別拝観中の奈良五劫院・アフロヘアーの阿弥陀坐像を訪ねた。
清涼寺式釈迦立像の模刻
まずは、西大寺の仏像展から。西大寺は以前にブログにもアップしてあるので、同じ仏像を見ることになるのだが、寺院で拝観では発見できない部分もある。今回の展示会でその観を強くした。すなわち真横や真後ろに周ることができるので、見えなかったところから新たな面白さが見えてくる。
西大寺の清涼寺式釈迦像模刻はとても有名だが、実は快慶も後白河上皇の依頼で模刻を作ったことがあったそうだが、火災で焼失してしまい現在模刻像は残っていない。仏像を今回、真横から観ることが出来た。この仏像は両脇で身体を前後に割られている。いわゆる割剥ぎと言われる手法で、一本の木を半分に割り、内刳をして前見と後ろ身を彫刻し、最後に2つを合わせる作り方である。展示会で真横に回ってみたら、この割れ目がはっきり見えた。この模刻がこの作方なら、本物の京都清涼寺釈迦立像も同じ方法で造られた可能性も推測される。

浄瑠璃寺
吉祥天女像
さらに、京都浄瑠璃寺の秘仏である「吉祥天女像」が期間限定で西大寺展に展示されていた。こちらも以前のブログ浄瑠璃寺九体阿弥陀で紹介しているので、参照して欲しい。明るい照明の下で見る天平美女も美しい。仏像の中では女神像は珍しく、吉祥天女像と弁財天の2美女が有名で、日本では時々この2女神像が混同されることも多い。
どちらも古代中国の貴人風に飾られている、日本へ入ってきたのが中国唐時代なので、唐の貴族女性がモデルになってる。もとは、インドのヒンドゥーの神様で、幸運、豊穣、美を司るとされてきた。ギリシャ神話のアフロデーテ(ローマに入ってビーナス)と同じ役割なのが面白い。ちなみに吉祥天女は四天王の一つ多聞天の妻であり、母は鬼子母神だ。四天王として祀られる時は多聞天で、単独では毘沙門天となる。人妻で子持ちの仏像は他に無いのではなかろうか。
一方、弁天(弁財天)は、七福神の一員、神仏習合で神道に取り入れられ、竜神の化身と言われる、インド・ヒンドゥー教では川、あるいは水の神様である。その後、学問、音楽を司るとされた。七福神の弁天様は手に楽器びわを抱える姿で表現されている。
ギリシャ神話のミューズも音楽担当の女神で同じだ。

宋様式の仏像である
アフロヘアーをした阿弥陀様? 奈良東大寺の北側に五劫院と言う小さな寺院がある。普段は拝観できない(事前に予約を入れれば可能らしい)が、毎年、8月1日から12日まで特別に拝観できるので、行ってきた。特に定められた拝観料があるわけでもなく、各自お布施をする。賽銭箱が仏像の前に設置してあってお金を入れる、覗いてみたら沢山の千円札が入っていた。写真やTV番組で見たことはあるが、はじめて、間近で拝んだ。まさにアフロヘアーである。見方によっては可愛いおかっぱ頭にも見える。五劫思惟(ごごうしゆい)阿弥陀仏である。五劫院の劫とは、天女が3年に一度舞い降りてきて44里立方の大きな岩石を衣でふわりと撫でる、そうやってこの岩石がすり減って無くなるまでの期間を言う。五劫とはその5倍の年数を意味する。落語「寿限無」の中で言われる五劫の擦り切れとはこの意味である。インド人の数値感覚、空間認識などとても信じられないくらいスケールが大きい。五劫思惟阿弥陀が何故アフロヘアーなのか、「無量寿経」によると、阿彌陀佛がまだ菩薩の時代、世の衆生を救うために菩薩行に励み、五劫の間ただひたすら思惟を凝らし遂に菩薩から阿弥陀如来になられた瞬間を写した姿だと言う。長い時間と難行を表すため、髪の毛が伸び、うず高く螺髪がかぶさるように表現されている。
とにかく変わっていて、一度見たら忘れられないお姿をしている、五劫思惟阿彌陀佛に対する信仰は鎌倉時代にはじまったが、同じ様な仏像の作例はとても少ない。面貌や、厚い袈裟、両手を衣にかくすなどその姿は中国宋風のものだ。
五劫院 本堂


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