Wednesday, August 9, 2017

快慶展から

奈良国立博物館
快慶展のポスター
奈良国立博物館で「特別展 快慶 日本人を魅了した仏の形」が、本年4月~6月に開催され、見に行ってきた。快慶は日本のミケランジョロとも言うべき仏像制作の巨人だ。
伝説の仏師はすべて常朝から出ている
常朝は寄木造り、分業制度、仏像制作の標準化など
その後1000年の仏像の形を決めた巨人である
平安時代、仏師定朝が「仏の本様」と後世に謳われる理想的な仏の姿を作り出し、当時の人達は、これで仏像の形は決まりと思ったに違いない。
アメリカ キンベル美術館蔵
釈迦如来立像
快慶の初期のもの
ところが、鎌倉時代に入ってヨーロッパのルネッサンスに匹敵する人間的造形を、運慶が完成させた。しかし、その完成は快慶の活躍無くしては達成できなかったことだろう。快慶は平安朝の定朝にならんで日本の仏教美術史上に偉大な足跡を残した天才であり、今日まで仏像ファン一番の人気者である。運慶の作り出すダイナミックな筋骨隆々の仏像に対して、快慶は端正で親しみやすい姿に当時の貴族たちが仏の理想像を見たからだと思われる、この思いはまさに定朝の「仏の本様」と同じだ。

快慶の作品は、銘記や関係史料から真作と判明しているものだけで40件近く現存し、制作年が明らかなものも多い。また、東大寺、興福寺、醍醐寺のような大寺院だけでなく、由緒の明らかでない小寺院にも快慶の作品が残されており、いかに快慶工房の作る仏像が人気だったかを物語る。
仏師の中で仏像内に制作者、あるいは工房責任者の名前や仏像制作について記録が残されている事例としては、おそらく、快慶が圧倒的に多いのではないか。

安倍文殊院
文珠菩薩蔵
目がすごい
鎌倉時代になると、仏像マーケットは平安貴族から鎌倉幕府の武家達に移る。追い風となったのは東大寺再建プロジェクトだ、プロジェクトリーダーであった重源は慶派の仏像表現を好み、有名な東大寺南大門の仁王像など、次々と現代に残る仏像を制作させる。運慶の剛健な表現に対して、快慶は、むしろ藤原彫刻の風を受けたような、穏やかで流麗な、いわゆる「安阿弥様」なる様式をつくりあげ、当時から「ほとんど肩を並べることなき人」とまで讃えられている。わかりやすく、親しみやすさをもったその作風は、「定朝様」とならび、「安阿弥陀様」として仏像の二大潮流になり、以後の仏像彫刻に大きな影響を与える。
優雅な安阿弥陀様の仏像
醍醐寺 弥勒菩薩像
快慶仏に見られる特徴は、仏眼だと思う。鎌倉仏では目は玉眼となる、玉眼は、内刳りが行われて空洞になっている頭部の中から、目の部分に穴を開け、内側からレンズ状に目よりやや大き目の薄く磨いた水晶を当てて、木屎で止める。裏から水晶に直接瞳や目尻・隈、あるいは毛細血管を描き、綿または紙をあてて白眼を表す。最後にこれを木片で押さえて、木屎漆や竹釘で留めて完成する。平安後期から仏像作りに取り入れられ、よりリアルな仏顔となってくる、鎌倉時代には一般化する手法だが、玉眼専門の仏師が居たほど重要な要素だ。快慶工房は技術的にも優れていたに違いない。鋭くてそれでいて、優雅な眼差しを持つ仏像の目は、吸い込まれるように魅力的で、快慶仏独特のものだ。

東大寺釈迦立像
眼の表現が快慶
今回の特別展では動画、快慶ストーリーが公開されているので、御覧ください。

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