Friday, May 19, 2017

木と仏像展(大阪市立美術館)から

「木×仏像」展のしおり
異形の仏像が目を惹く
大阪市立美術館で「木×仏像」展が開催されている、木彫にこだわった仏像展である。  地下鉄の吊り広告などに異形の仏像が出ていて興味を惹かれた。古来、仏像はいろんな素材で作られてきた。仏像発祥の地インドでは圧倒的に石像が多く、ギリシャ文明とインド文明の合体(ヘレニズム文化)で仏像は誕生したので、ギリシャ風の石造りから始まったのは故あることかと思われる。さらに石像に適した柔らかな岩石も多かったのだろう。仏像が日本に入ってきた飛鳥時代には、奈良の東大寺大仏など金銅仏が多く、また時間とコストのかかる乾漆仏も多く造られた、有名な興福寺の阿修羅仏がそうだ。
日本の時代別仏像の素材の特徴
奈良時代以降は殆どの仏像は木彫となる
時代を経るに従い圧倒的に木造が多くなってくる、ヒノキが多い。インドから中国を経て朝鮮半島経由で日本に入ってきた仏像だが、本来木彫は白檀で作るのが原則となっていた。しかし、日本には白檀がなく、香り、色合い、細工の容易さなどからヒノキが使われるようになった。はじめは白檀の代替として栢(かしわ)で作ることとされていたのだが、日本の山野に多いヒノキが主流になっていったと言われている。
仏像の完成当時は、今我々が見ている木肌ではなく、殆どが経典に説かれている仏の色(身体は金色、頭は青色、衣装には彩色)に輝いていた。しかし、度重なる天変地異や経年変化の中ですっかり木肌を見せているのが殆どである。経典に言う「仏像」としては金色に塗り直すべきだが、日本ではそうしなかった。海外の仏教国では「常に仏像は彩色鮮やかであるべし」と考え、頻繁に重ね塗りをして礼拝してきた。日本では豊な森林に恵まれ、人々は古来より、木と近接して生活してきた環境のせいか、仏像の彩色が薄れ、木目の美しさ、自然の素の美しさを愛でる感覚が自然と醸成されてきたのかもしれない。経年変化して木肌のままの仏像が「日本化」した美しい仏像であると捉えることも出来るだろう。
京都 西往寺
宝誌和尚像
さて展示された仏像の中で目立つのが、この顔が割れている異形の姿をした宝誌和尚像だ。宝誌和尚は中国南北朝時代の人、今まさに宝誌和尚の中から十一面観音菩薩が出現しようとしているのを、ダイナミックに表現している。現代の漫画で、変身するキャラクターの一瞬を捉えている様でとてもおもしろい。ノミ跡を残すいわゆる鉈彫りの方法で仕上げられており、一木造りである。十一面観音菩薩の化身とみなされていた宝誌和尚の特異な姿を見事に造形化したこの像は、日本で唯一の貴重な木彫仏である。
東大寺
弥勒如来坐像(試みの大仏)
ずんぐりとしたボリュームのある体格、目鼻立ちがはっきりとしたインパクトのある顔。像高わずか40センチほどにもかかわらず見るものを圧倒する存在感がある。実寸をはるかに上回る堂々としたスケール感で迫ってくる弥勒如来像。その表情はインドの仏像を思い起こさせるエキゾチックな顔立ち。インドの高僧で、東大寺の開眼供養の導師をつとめた菩提僊那が、東大寺大仏盧遮那仏に対し、この像を「試みの大仏」と称したほどの存在感。

阿弥陀如来坐像
鎌倉時代
阿弥陀如来坐像
平安時代

阿弥陀如来像は非常に多く造られてきた。
平安時代の巨匠、常朝の阿弥陀如来が美の基準なった趣がある。
鎌倉時代に入ってようやく常朝から脱し、よりリアルな姿に、そして美しい造形に進化した。どちらも優美な阿弥陀像だが、どちらが好みでしょう。




十一面観音立像
円空仏 江戸時代

円空は、日本で最も有名な仏師だろう。生涯に12万体の仏像を彫り刻んだと言われる。
円空仏の特徴は、その素朴さにある、ナタで割った面をそのまま活かし最低限の手を加えて、ほほえましい造形をする。多分、円空仏は、現代でもっとも人気のある仏像ではないか。

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