Monday, April 10, 2017

醍醐の花見と仏像


醍醐寺 枝垂れ桜
春は、桜の季節、桜といえば太閤秀吉の「醍醐の花見」、関西では桜見物の合言葉になる。醍醐寺では、他に先駆けて枝垂れ桜が早く咲く、しばらくしてソメイヨシノが開花する。桜を愛でる期間が長くなり、春はいつまでも人出が続き、人気の名所である。
世界文化遺産
醍醐寺は太閤秀吉にちなむ「醍醐の花見」ばかりが喧伝されて、69000点におよぶ国宝、6500点を超える重要文化財については、誰も気に留めないのは、ちょっと理不尽な気がする。私も醍醐寺には何度か訪れているが、花見のためであって、仏像を見るために行ったことは一度もない。今回は、枝垂れ桜が咲いたと聞いて、花見半分、仏像探索半分で改めて拝観に訪れた。
874年に創建されて以来、醍醐天皇、朱雀天皇、村上天皇の帰依により、朝廷の保護を受け、さらに室町時代には足利尊氏、義満の保護、応仁の乱による下醍醐の荒廃があったが、太閤秀吉による中興、徳川幕府からも手厚く扱われて隆盛を見た。明治政府による廃仏毀釈で寺領は殆ど無くなったが、応仁の乱をくぐり抜けてここまで建物、仏像、仏教美術が残ったのは奇跡に近い。特に古い時代から続く上醍醐はそうだ。
下醍醐のエリア
膨大な数の仏像、絵画、工芸品は霊宝館、仏像棟に集められており、ゆっくり拝観できる。特に上醍醐薬師堂に有った国宝薬師三尊像、同じく上醍醐五大堂の五大明王像(重文)が霊宝館に安置されたのは有難い。本来なら上醍醐まで急な坂を登ってゆかないとお目にかかれない寺宝を、理想的な環境で見ることが出来る。上醍醐は気合をいれ登山の忍耐が無いとたどり着けない場所にあるため私も行ったことが無い。醍醐の名前の由来となった「醍醐水」はこの上醍醐で今も霊泉として湧き出している。
平成6年に世界文化遺産に登録され、「木の文化」「紙の文化」伝承の宝庫で、じっくり全てを見るには数日かかるような霊宝館の内容である。

国宝 薬師如来像

国宝薬師三尊像は、いずれも木造(カヤ材とみられる木の一木造)で平安時代の作。薬師如来は上醍醐・薬師堂のご本尊。醍醐天皇の発願で、醍醐寺の開山である聖宝が、薬師堂と併せて造営を開始した。しかし聖宝が途中で亡くなったため、後は弟子が引き継ぎ、延喜13年(913)に完成。この仏像は平安時代に造られた当時の姿を今に伝えており、いわば、「醍醐寺の歴史の生き証人」ともいえるかもしれない。
薬師如来坐像は頭が若干大きめで、少しいかつい表情だが、その分堂々とした力強い雰囲気がある。この重厚感たっぷりの造形は、平安前期の仏像の特徴だ。
薬師如来坐像の左右には日光・月光菩薩像が控えてる。丁寧に胸飾や衣服のしわが刻まれ、薬師如来坐像とは逆に、全体として華奢で優美な印象がある。
作者は聖宝の弟子の会理僧都(えりそうず)と伝えられており、聖宝の下には多くの仏師がおり、ひとつの「仏像工房」として活動していた。
平安時代に、多くの貴族や豪族から仏像の注文が増え、効率的に大量生産するための手法として時代をリードした定朝工房が有名で、後の慶派に引き継がれてゆく。
平安時代に造られた如意輪観音像


鎌倉時代、快慶作の弥勒菩薩像
どちらも生き生きとした姿でスッキリしている。お寺の本堂ではなくガラスの中に安置されており、照明も工夫されているため、身近ではっきり拝むことができる。
仏像だけではなく絵画類、古文書なども多く、醍醐寺の国宝、重文、寺宝類は一見の価値があるお勧めスポットだ。

No comments: