Wednesday, June 8, 2016

日本のミロのヴィーナス 聖林寺 十一面観音立像

聖林寺入り口
奈良、桜井市にある聖林寺は、ずっと気になっていた寺院で、十一面観音菩薩立像が有名。だが場所が不便で、今まで拝観していなかった。
聖林寺
奈良桜井駅(JR、近鉄)が遠い、さらに駅からバスが1時間に1本しかないので、躊躇してしまう。梅雨入り前で気持ちの良い五月晴れの一日、思い切ってでかけた。

奈良のお寺めぐりの聖典、和辻哲郎の「古寺巡礼」に聖林寺の十一面観音は美しく「流るる如く自由な、さうして均整を失わない、快いリズムを投げかけている」と描写されている。
国宝
十一面観音菩薩立像
また、山折哲雄は「奈良の寺社150を歩く」で、ここの十一面観音像と東大寺法華堂の不空羂索観音像の2体が天平随一を競っているとし、いずれにしても一見しておきたい仏像で、できれば東大寺法華堂の不空絹索観音像と前後して観るのが良いと書いている。
さらに、日本各地の十一面観音像を追って「十一面観音巡礼」を書いた白洲正子は、その第一番目に聖林寺を訪れ、その後、何度も、ここの十一面観音像を見ている。

本尊 石の地蔵菩薩
バス停から山を少し登った小高い丘の上に寺は建っており、高く築かれた石垣のせいで武家屋敷のような印象だ。非常に古い寺で、藤原鎌足の子、定慧が父の菩提を弔うために建てたと伝えられている。その創建は和銅5年(712年)、その後度々の火災に会い、衰微したが、徳川時代に現在のお堂が再建された。
聖林寺と言えば、十一面観音立像、と有名だが、実はこの寺のご本尊は石造りの地蔵菩薩である。ボテッと太った大きなお地蔵様が本堂に鎮座している、みんなちらっと見ただけで、お目当ての観音堂へ行ってしまう。ちょっと可哀想な気がする。天平彫刻の中でも世に聞こえた名作だが、もともと、十一面観音菩薩像は、三輪神社の神宮寺に祀ってあったのを、明治の廃仏毀釈の際、草むらに捨てられているのを、運良くフェノロサが発見しここに移されたと伝える。
優雅な指先

国宝。像高209.1cm。木彫りで像の概形を作り、その上に木屎漆(こくそうるし、麦漆に木粉等を混ぜたもの)を盛り上げて造像する木心乾漆像で、奈良時代末期の作である。指先までの柔らかくて優美な造形や、穏やかでいながら引き締まった表情。蓮型の台座も美しいが、これは天平時代の彫刻の中でも当時のまま現存している唯一のものである。
身長209.1cmに台座などがあるため、下から見上げる形になるが、この一体の仏像がなかなか見飽きることがない。本当に美しい姿で、人がミロのヴィーナスと称えるのも分かる。
後姿も綺麗
白洲正子は「どこか脆いようでいて、シンは強く緊張している。女体でありながら、精神はあくまで男である。その両面をかねているのが、この観音ばかりでなく、一般十一面観音の特徴と言えるかもしれない」と評している。 

聖林寺の裏山を小倉山と言う、次の万葉集の歌を京都小倉山と思っている人が多い(私も)が、じつはここのことである。
夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かずいねにけらしも  
舒明天皇『万葉集』
京都の小倉山は、平安京に都が移った時にここから名前をもらったらしい。藤原定家の「小倉百人一首」の小倉山がそれだ。
胸から腹部の
表現が素晴らしい



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