Tuesday, March 31, 2015

空也上人像 六波羅蜜寺


六波羅蜜寺(本殿 南北朝時代創建 重要文化財)
六波羅蜜寺は京都祇園から近いところにある古い寺院だが、余り観光客が多くない古刹だ。
四条通、祇園の一力茶屋から花見小路を南に下ってゆくと風情のある町並みが続くが、その町並みは建仁寺の塀で途切れる。建仁寺をさらに五条通に向かって下がってゆくと六波羅蜜寺がある。このあたりは古い町屋が立て込み、観光バスは入ってこない。
歴史上、六波羅は、この寺院の境内に平家一族が数千の邸宅を構えていたこと、平清盛が六波羅入道と呼ばれていたこと、鎌倉幕府が六波羅探題を置いたことなど、名前だけは知っている人は多いだろう。しかし、わざわざ訪ねてゆく人は少ない。私が訪れた日も人影はまばらだった。
六波羅とは、仏教で涅槃の境地にいたる六種の行(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の行)の事を言う。
空也上人
この寺は空也上人で有名である。膝までしかない短い衣を着て草鞋履き、肩から金鼓(こんく)を腹のところに下げ、右手には橦木、左手には鹿の角をつけた杖をつき、両眼は半眼に開き、口から六体の阿弥陀小佛を吐くように出している。これが空也上人立像で、口から吐き出した小佛は「南無阿弥陀仏」の六音を視覚的に表しているとされる。
この像を見れば、「そうだ教科書に載っていた」と思い出されるのではないか。
運慶座像
日本の仏像は仏師たちが、経典に忠実に像を刻んでいるので、空也上人の様な奇抜な発想を、形にすることはないし、多分できなかったと思われる。しかし、人物像となると、造形上の制約を取り払って自由な発想での造形が可能となり、面白い彫像ができる。
特に、鎌倉時代の運慶、快慶、湛慶など慶派の仏師たちは、仏像や人物彫刻のルネッサンスと言ってもよいような仕事をし、以降の仏師に大きな影響を残した。
平清盛坐像
この寺には、空也上人の他、運慶と子供の湛慶の坐像がある、彼らの作った仏像は多く拝観してきたが、本人の姿を見るのは初めて、作者はこんな姿だったのかと感慨深い。
同様に、平清盛坐像がある。出家し、衣の胸を広げて経典を読む姿に造られていて、一時代を築いた英雄に出会えるのも面白い。

当寺院の本尊は、空也上人が自ら刻んだという十一面観音像だが、秘仏で見ることは出来なかった。
重要文化財 意外と小さい150cmくらいか










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