Thursday, October 24, 2013

仏像のルーツを探る

彫りの深い西洋的な顔
 仏像のルーツは北インド地方にあると言われている。ガンダーラ地方だ。
今は、パキスタン領になっているので、訪問はちと難しそうだが、幸いな事に東京国立博物館・東洋館にはガンダーラの仏像がある。
ペルシャの影響か
仏像とは思えない微笑み
ガンダーラはインド大陸西北部、アフガニスタンと国境を接するパキスタンの北、ペシャワールを中心とする地域だ。
紀元前326年のアレキサンダー大王の遠征により、この地にあったアケメネス朝は滅びる。その際アレキサンダー大王はギリシャ人を入植させた。その後、紀元前後数世紀の間にインド人、ギリシャ人、サカ族、パルティア族、クシャーン族などが相次いて興亡するところとなった。
そのため、ギリシャのヘレニズム文化とインド文化との混淆がもたらされ、東西文化交流の果実、ガンダーラ美術が生まれた。
衣紋の下に体の線が出ている
写実的な作り
ガンダーラ美術はグレコ・ローマ美術の影響を受け、その上にインドに生まれた仏教の主題をローマ時代の写実的な表現手法によって表しており、「混血の美術」と言われている。
ガンダーラ美術が重要視されているのは、仏教の生まれたインド古代初期には、タブーとされていたブッダの姿、即ち仏像を初めてこの地で創りだしたことにある。
ブッダの入滅後、釈尊の姿を刻むことは禁じられており、その存在は象徴としての、菩提樹、法輪、仏足跡などで表され、ブッダの姿はなかった。
女神像 
ヒンズー像か
人々はこれらの象徴を代わりに拝んでいたのだ。
今でも、仏足跡は日本でもあるし、法輪は普通に見ることができる。
何故仏像がこの地ガンダーラで作られたのか ? それはやはりギリシャ、ペルシャなど周辺国からの影響があると言われている。
ギリシャでは古来より神々の姿をリアルに形作るのは当たり前で、むしろブッダの姿が無い方が不思議だったはず。
さらに、ペルシャ地方では王様の姿を刻んでその威光を領土内に示すことが普通で、神の姿を造形するのはタブーでもなんでもなかった。
ガルーダにさらわれる龍女像
まるでギリシャ彫刻だ

東京国立博物館東洋館のガンダーラ美術は、ほとんどの像は写真撮影が可能である。(一部個人所有のものの展示があり、これは撮影禁止)
間近で、ぐるりと巡ることもできて堪能することができる。
仏像には常人と異なる身体上の特徴が決められている(仏典では32相80随好)が、ギリシャからの影響を受けている職人は、ギリシャの神々を理想的な人体として造形してきたので、これらを調和させ素晴らしい表現にまとめている。中には、ヒンズーの神々を思われる女神像も多く、しかしギリシャ様式を思わせる作例があり見ていて楽しく見飽きない。

釈迦誕生図
ギリシャ的な写実だ

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