Tuesday, October 9, 2012

京都 松尾神社の神像



初秋の一日、京都の西 松尾神社へ神像を拝観に行った。  
仏像の見方講座の現地講義である、勿論、神社の神像だから仏像ではない。
今まで一度も神像をじっくり見たことがないので、興味シンシンで参加した。
前日から雨もよいの天気、傘を持参で行く。 境内は雨に洗われて緑が輝いて綺麗、松尾神社は後背の松尾山山頂に磐座(大きな岩)があり、それを祀ると言われている。
「古事記」に松尾神社の謂れが記載されており、すでに古事記編纂時(712年)には有力な神社として存在していたことがはっきりしている。
渡来人である秦氏の氏神として祀られたのが始まりである、秦氏は、大陸から治水、灌漑、農作などの先端的技術を持ち込んで、全国に居住していた。
大宝年間(701年)、勅命により秦忌寸都里(はたのいみきとり)が、現在地に社殿を造営し、それ以来、明治時代に神職世襲が禁止になるまで代々秦氏が神職を務めた、大変歴史のある神社だ。
ちなみに半跏思惟像で有名な太秦の広隆寺は秦氏の氏寺ですぐ近くだ。
さらに、京都で最も古い神社である上賀茂神社も、松尾神社祭神である大山昨神と関係があり、何らかの繋がりがあったと考えられている。
平安時代には「賀茂の厳神・松尾の猛神」と並び称されていた。

神像は21体拝観できるが、特に重要文化財に指定されている老年・壮年男神像と女神像が有名。3体とも平安初期の作でほぼ等身大の一木造り、現存する神像彫刻では最も古いとされている。
神像は神社の奥に御簾をへだてて礼拝するため、仏像のようにお香で燻されることもなく、彩色などとても綺麗に残っている。
作り方も礼拝が普通正面からのみであり、横や後ろ側にあまり気を配る必要もないため、体の厚みもない。
若い姿 息子か?
仏像の寄木造りなどに見られる、彫刻の技術を駆使してより迫真的な作像を心がけるようなことも感じられない。
神社は自然崇拝が本来であり、自然木を重んじる一木造にこだわって作像されてきたのかなと思う。そのためひび割れなど防ぎ様がない。
神仏習合の考え方が出てきたのは奈良時代初め頃とされており、神像の姿は結跏趺坐の形であるなど、明らかに仏像の影響がある。
杉玉
重要文化財3神像の他にも多数の神像が展示されているが、寺院の仏像に比べて、調査検討が行き届いていない感じがした。

松尾神社は醸造の神様として有名で、全国の酒造メーカーや味噌、醤油、酢などの業者から特にうやまわれている。
古くて有名な割に空いていて、現代最高の庭園学第一人者、重森三玲が作った庭園・松風苑もあり気持ちのよい神社である。



No comments: