Sunday, October 30, 2011

十輪院


十輪院本堂

十輪院は 旧元興寺の境内南東隅にあり、江戸時代の街並みが残る奈良町にひっそりと建つ小さな地蔵院だ。 元興寺の一子院であったが、なぜ元興寺から離れて今のこじんまりした寺院になったのかは不明。
寺伝によれば、元正天皇(715-724)の時代、吉備真備の長男だった朝野魚養(あさのなかい)が創建したと言われている。
奈良町の中、旧元興寺敷地内には他にも古そうな寺院が多いので、こまめに廻ると面白い発見がありそうだ。

十輪院の本堂は、軒が低く、柔らかな勾配屋根で、前面に蔀戸があり、
正面の間口を広縁にして、棟、軒、床を低くしてあるため、寺院と言うより
中世の住宅をしのばせる優美な作りとなっている。(国宝)



ドイツの有名な建築家 ブルーノ・タウトは桂離宮を賞賛し世界に紹介した人だが、彼の著書「忘れられた日本」の中で、奈良に来たらまず小規模ではあるが、非常に古い簡素優美な十輪院を訪ねて、静かにその美を観照し、近傍の素朴な街路などを味わうが良い、と書いている。



石仏龕
本尊は非常に珍しい石仏龕である。龕とは仏像を収める厨子のことを言う。
すべて花崗岩の切石を使って造られており、地蔵菩薩が中心で、左右に釈迦如来、弥勒菩薩が浮き彫りで表されている。
山門
龕の天井や側面にも線刻された仏や梵字があるらしいが、よく見えない。
元は一般的な地蔵菩薩と同様、石仏龕が野ざらしの状態で庶民の信仰を集めていたが、石仏龕用に覆堂が造られ、人は外から拝むようになった。
さらに、時代が進み、今度は信者のために覆堂につなげて今の本堂が造られたと思われる。
外部から見ると、覆堂、本堂が別々の建物をつなげた形になっているのが分かる。
さらに、本堂の柱が内部側は四角く、外側は丸く加工されており、仏の世界と外界を区別している。 これも珍しい。
本堂


門も境内もひっそり、こじんまりしていて、落ち着く。 私が訪れた時は他に誰も訪問者がおらず、すべての静寂と佇まいを独り占めできた。

森鴎外もこの寺を訪れて、次のような歌を残している。
なつかしき
十輪院は青き鳥
子等のたずぬる
老い人の庭

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