Thursday, October 20, 2011

五重小塔 元興寺

元興寺極楽堂

秋晴れの一日、奈良町の真ん中にある元興寺を訪れた。庭の石仏達の周りに曼珠沙華が、本堂の裏庭に秋萩が咲いてのどかな景色。
元興寺はこのブログで紹介した飛鳥大仏のお寺「飛鳥寺」がそのルーツである。
飛鳥宮から平城京への遷都時、殆どの建物、宮殿、寺院などが解体され奈良に移築された。 飛鳥にあった大寺院はすべて移された、元興寺も同じだが、飛鳥の元の場所に元元興寺(もとがんごうじ)が残った、それが今日の飛鳥寺である。
秋萩
元興寺は蘇我馬子が建立したと伝えられており、南都七大寺として東大寺に次ぐ大寺院であった。現在の奈良町の大部分は元興寺町と言う町名で、寺の境内だった。住宅街の中に、数ブロック離れて、元興寺小塔院跡、元興寺塔跡、元興寺極楽堂が点在、昔は同じ広大な敷地内だった事が判る。 創建時は大寺院だったが、東大寺、興福寺が勢力を増す中、元興寺は平安時代後期あたりから衰退、室町時代には土一揆で炎上し、奈良西大寺や東大寺の末寺に分裂した。

天平の古瓦
元興寺本堂(極楽堂)国宝、別棟の禅堂(国宝)に使われている角柱や天井板などは奈良時代創建時の部材が転用されている。 さらに屋根瓦の一部は飛鳥、奈良時代の古瓦(1400年も前に造られた)が使われており、貴重なものだ。


今回の目的、五重小塔は元興寺の収蔵庫に収められており、いつでも拝観出来る。
元興寺 五重小塔
左の海龍王寺と比べて下さい
奈良時代の作、高さ5.5メートルの小塔だ。内部構造まで省略されず忠実に作られている。以前、当ブログで紹介した国宝「海龍王寺の五重小塔」は各層を箱のように作り積み上げられていたが、こちらは純粋に五重塔として造られている。だからこちらは工芸品ではなく、建造物として国宝に指定されている。現存する唯一の奈良時代の五重塔の建築様式を伝える貴重な建造物である。 しかも、完成以来建屋の中に安置されてきたので傷みも少なく、ほぼ完全な状態だ。
日本各地に現存する五重塔は今日まで、時代時代の建築様式で修理されてきたため、創建時の建築様式を完全には知ることができない。
海龍王寺 五重小塔
しかも、天平時代の五重塔は全く残っていないので、日本の五重塔のルーツが判る極めて貴重な価値の高い遺構ということが出来る。
建物のパーツ(垂木、肘木、斗木など)もすべて忠実に縮小して施工されている。 工法も実際の五重塔建立と同じで、サイズを10倍すれば本物の五重塔が出来る。 おそらく、都から離れた地で不足していた技術者が容易に建設できるよう、教材として造られたのではないかと言われている。
緩やかな勾配屋根を持つ(屋根の反りが少ないと雨漏りしやすいので、後年だんだん屋根勾配がきつくなる)天平時代の五重塔の美しさを見ることができる。


No comments: