Sunday, June 19, 2011

西大寺の釈迦如来像



西大寺は近鉄大和西大寺駅から5分くらいの所にある。奈良東大寺に対する西大寺で、奈良時代の建造。765年孝謙上皇(重祚して称徳天皇)が金堂四天王を発願して、創建された。
現在も四王堂に、四天王像が祀られているが、江戸時代に再建された像だ。
邪鬼(奈良時代)
ただ、四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)が踏みつけている邪鬼のみが創建時(奈良時代)のものとされている。
創建時は東大寺に対する官寺として、壮大な伽藍を持ち南都七大寺の1つであったが、平安時代に入り衰退、火災や台風で殆どの堂宇が失われ奈良興福寺の支配下に入っていた。
鎌倉時代になって僧叡尊が再建をはたす。

愛染明王像
ここの愛染明王が有名だ、日本の愛染明王像の代表作と言われている。秘仏で愛染堂に祀られているが、毎年10月-11月に開扉される以外は見ることができない。 鎌倉時代(1247年)、仏師善円の作である。
鎌倉時代の元寇大難に際し、叡尊が元軍調伏祈願をこの愛染明王を本尊として行ったところ、明王が持つ弓から発した鏑矢が飛んで大風を呼び、元軍を敗走させたとの伝説がある。

本堂のご本尊は釈迦如来像だ。京都清涼寺式の釈迦如来像の模刻である。
清涼寺式釈迦如来像
非常に特徴的な立像で、生前のお釈迦様を写したと言われている。京都・清涼寺に伝わる釈迦如来像は日本から入宋していた僧侶(奝然)が、インドで作られ優填王が所有していた釈迦如来立像の模刻を、日本に持ち帰ったと言われている。 修行時代のお釈迦様そっくりであるとされている。
単にお顔だけではなく、胎内には内蔵も絹製品で作成され収められていた。
鼻の穴も貫通しているそうだ。
インド・ガンダーラ地方の石仏と同じ特徴が見られる。1つは髪の結い方、縄の様に編んだ沢山の髪を束ねている。 もう1つは衣装、体にぴったり纏わり付いて、ひだが左右対称となっている。
すっきりとした立ち姿、素朴だがとても人間的なお姿で、私の大好きな仏像スタイルだ。

文殊菩薩像
私が訪れたとき、本堂ではお釈迦様の前に幼稚園児達が座っていた。仏様のお祭りがあるらしく、寺内の付属幼稚園の園児が先生について、何度も何度もお参りのリハーサルをしていた。がらんとした本堂の畳に皆行儀よく、おとなしく座っている姿が、しっくり馴染んでいて不思議な感じだった。

お釈迦様の隣に、文殊菩薩五像がある。文殊菩薩といえば安倍文殊院が有名、あそこの文殊菩薩は快慶作なのでとても男性的で、生き生きしている。
一方こちらの方は、とてもきれいなお顔で女性的だ。
いとうせいこうが「見仏記」で、ここの文殊菩薩と目が合って恋をしてしまったと書かれている。その感じは判るような気がする。

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