Monday, April 9, 2018

Fiji: Third visit after 8 years of absence

Fiji Airport with bright sunshine
I am back now.
Lots of fish welcome us
Last March, we visited the dream island Fiji which was the third visit for the first time in 8 years. The shining sunshine, the blue sky, the ocean everywhere, the beauty that has not changed anything eight years ago. In comparison, our old divers are surely getting 8 years old. Especially I felt uneasy since this is the first diving after getting whole stomach removal surgery. At the moment to consult my surgeon if I can dive with this condition after 6 months of the
Beer at the pool bar how nice to heel
surgery, he amazed and speechless for a while, but finally gave me OK to go.
Every morning our boat leaves at 8 o'clock we dive twice in the morning, sometimes one additional in the afternoon, we get back to the hotel around 3 o'clock. A schedule like a  training camp of a sports club, it is not easy but fun, since when reached the hotel, we dive a swimming pool where they open pool bar, Fiji beer is the right way to heel thirst. At night stars enough to fill the sky which we almost forget to view while we are in Japan recently.
What a color of the sea
Stars filled the whole sky
Various people come to this hotel from LA, they have a direct flight, from Singapore also flying directly, from Korea etc. Visitors our next door is  Singaporean they come to big fishing, every morning they leave the hotel very early, and come back with several big tuna fishes. It was served at our table as a very fresh Sashimi and tuna steak, they are of course so good.This feast lasted three days until they left, instead, we bought a beer for them, it was a good deal and a good friendship.
Local primary school, clean and at the nice location
The last day on the island, we don't dive because of considering the influence of the body due to the change in atmospheric pressure from air flight, it was planned to visit a local primary school. How nice to chat to those pupils whose eyes were sparkling, they are smart, friendly, and never scared to talk to Arian.
Talking to pupils
I happen to find a computer room and have a chance to talk a guy handling PC, he showed a vigorous ambition to a higher knowledge of the whole IT products.He had a lot of questions about IT, but we could not share much time with him, we exchanged our mail address saying to communicate each other in future.
If possible, I want to help them to improve their IT environment.

they are listening to my talk
they are smart
Beautiful underwater world










Sunday, March 11, 2018

アップルウォッチによる身体測定データの利用

アップルウォッチ
今や時計ではなく身体データ計測器
アップル・ウォッチを使い始めたのが2016年11月、着用すると自動的に身体データーをモニタリングして記録を残してくれている。
勿論ソフトをインストールしておく必要があるが、それ以降は全自動だ。
身体測定データー
体重計からWifiで自動収集
約1年半の毎日の身体記録が溜まっている。歩数、アクティブエネルギー、安静時消費エネルギー、ウォーキング・ランニングの距離、スタンド時間、睡眠分析データー、心拍数、最大・最小心拍数、心拍変動ミリ秒、高心拍数の通知などだ。睡眠分析は毎朝、目覚めの具合と睡眠の質を比べて実感との差を見るのが面白い。

Apple社がアップルウォッチを使って、心拍数のモニタリングから85%の精度で糖尿病を検知することが出来るとの研究結果を報告している。アメリカでは1億人以上が糖尿病やその予備軍と言われているが、糖尿病患者の1/4は自分が糖尿病であることに気づいていない。
歩数とエネルギー消費量
ウェアラブル端末とニューラルネットワークを組み合わせることで糖尿病を検出することに成功したのは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チーム。研究チームがサンプルとして使用したのは、Apple WatchおよびAndroid Wear向けに提供されている心拍数記録アプリユーザー1万4011人分のデータ。また、ディープニューラルネットワーク「DeepHeart」に糖尿病患者の健康データがどのようなものかを学習させるために、心拍数記録アプリのデータとは別に3万3628人分の健康データも用いられた。最終的にDeepHeartはデータ提供者のうち462人が糖尿病であることを検出することに成功しており、その検出精度はなんと84.51%という驚きの高精度。なお、DeepHeartは心拍数データがあれば使用できるので、Apple WatchではなくてもAndroid WearやFitbitsなど、心拍数の測定が可能なウェアラブル端末ならば、かなりの精度で糖尿病を検出できるようになるそうだ。
また、予備軍では88.4%は自分が予備軍であることの自覚がない。医者へ行って血液検査をすれば判明するのだが、自覚症状が無い限り検査を受けない人が多い。
心拍数モニタリング
設定した上限値を超えると
警告がでる
非侵襲性(身体に器具類を入れない)の計測装置があれば自ら予備軍かどうかを判断出来るのでは無いかと長年検討されてきた。まだ非侵襲的な方法で血中のグルコース濃度を測定し、糖尿病であるかどうかを検査する方法は確立されていないが、新しく発表された研究では、Apple Watchのような心拍数を測定可能なウェアラブル端末とディープニューラルネットワークを組み合わせることで、着用者に糖尿病の早期兆候がないかを驚くべき精度で調べられることが示されている。

2017年10月-12月期のアップルウォッチ出荷台数は800万台、それに対してこの期間におけるスイス製腕時計の世界出荷台数は680万台、アップルのたった一機種が全スイス時計メーカーの腕時計総数を上回ったのだ。まだ一年を通しての総数は、アップルが1840万台に対してスイス製腕時計は2430万台で、依然腕時計のほうが多いが、これはもう時間の問題と言って良いだろう。昔、携帯電話が通話するだけの道具だった時代に、スマートフォンが出現し、今や携帯電話機は電話機能より、パソコン機能の割合のほうが多くなってガラケーが消滅しかかっている。腕時計も、単に時間を知るだけの道具であったのが、電話、パソコン、身体データの計測器になり、早晩消滅していく運命だろう。スイスの時計メーカーはどうやって生き延びるのか、興味のあるところだ。
睡眠のパターン
標準的な眠りの深さ

睡眠のパターン
一晩中浅い眠りになっている
深い眠りで
目覚めも自然なパターン
アップルウォッチでは、iphoneと連動して、内蔵されているセンサーによってソフトさえ入れれば、いろんな身体データーが記録され、蓄積されていく。その量は全アップルウォッチ利用者のものを合計すると膨大なデータ量となり、自動的にビッグデータを形成する。しかし、今日、このビッグデーターを一人ひとりの健康や、病気の早期発見や、病気予防などへの利用が全くなされていない。アメリカでは生命保険会社がこれらのデータの提供を受けて、身体データから健康な人には保険料が安くなるサービスを始めるなど兆候は出てきた。糖尿病の検出に使われるようになるなど、人体ビッグデータとAI活用が我々の生活に生かされる日が早くこないかと思う。
毎日、自動でデータが収集され
蓄積されているが・・・・





Sunday, February 25, 2018

仁和寺と御室派のみほとけ展から


仁和寺と御室派のみほとけ
東京国立博物館
東京国立博物館で開催中の「仁和寺と御室派のみほとけ」展覧会を観た。以前のブログで仁和寺は一度紹介した。格式が高い寺院だが、仏像については地味な印象だったので、今回の展覧会はマニアックな人達が興味を持つ程度で、きっと空いているだろうと思った。ところが驚いたことにウィークデイの午前中にもかかわらず20-30分待ち。
中も満員、皆の期待は、空海と嵯峨天皇の書やお経の実物を目にすることだが、実は展示されている仏像が、二度とお目にかかれないだろう秘仏がいっぱいのお宝展示会だった。
観音堂がそのまま再現
仏像33体が勢揃い
回廊 柱・壁・天井一面の仏画
仁和寺の寺院の一宇である観音堂、一般参拝者には開示しておらず、修行中の僧侶だけが入れる特別な寺院である。この中で僧侶が修行し授戒の儀式なども行われる。この観音堂が修復工事中で、展示されている33体の仏像すべてが、普段安置されている姿のまま再現されており圧巻である。さらに、仏像のみならず、お堂の回廊も再現されている。修行僧は回廊を巡りながらお経を唱える。回廊には両側の壁面、天井、柱にびっしりと仏画が
回廊の裏側
色鮮やかに再現
描かれており、これらすべての仏画が再現されている。勿論この仏画はコピーだが、京都大学との共同研究で大型特殊スキャナーを持ち込み、顔料、染料に応じたいろいろな波長のレーザー光を使い、705億画素と言うとてつもない解像度で印刷した画像である。370年間一度も手が入っていないため、雨漏りや、劣化、壁のズレなどもそのまま再現されているので、観音堂の現在をそのまま見ることができる。
一般の人たちはこれから先二度と見ることのできない、回廊の姿と極彩色の仏画及び、33体の仏像類を体験できる貴重な機会である。
大阪葛井寺 真数千手観音菩薩像
異型の仏像だが整った美しさがある
1041本の手が光背のように円を描くよう配置されている
仁和寺は真言宗御室派の本山だが、全国に約790寺をもち、各地の御室派寺院からも数々の名品や秘仏が出ていて、これらの秘仏をまとめて見ることができる。圧巻は大阪葛井寺の秘仏千手観音菩薩像、本当に千本の手が造られており、日本で最も古い千手観音像とも言われている。江戸時代の出開帳以来初めて東京での公開。そのトータルのバランス、美
手の付き方が分かる
裏から見ると手を固定する枠組み
が造られていた
しさは息をのむ。本当に千本の手があり、「真数千手」と言われるが、その一つ一つに目が描かれている。まさに千手千眼観音菩薩である。通常、これだけ多数の手があると異様な姿になると思うのだが、実に安定した美しさを感じる、その要因は観音像を円心とした真円を形作る手の配置にある。千本の手と言うが、実際には1041本の手があり、これは
739年に遣唐使だった僧玄昉が持ち帰った「千手千眼陀羅尼経」にはじめて千手観音像が出現し、1041本の手を持つと書かれていて、このお経と手の数が一致する。
実際に1000本の手を有する観音菩薩像は他に、唐招提寺の千手観音立像、京都寿宝寺千手観音立像がある、坐像はこの葛井寺の千手観音菩薩像だけである。
多数の手が円形に配置
本体は脱乾漆づくり(正面の合掌手を含む)で、脇手(大きい)は木芯乾漆造、小手は桐材の木造となっている。時代が下ると、千手観音像は40本の手が普通となり、1本の手が25の世界を救うとされ、1000本の手があるのと同じと解釈するようになった。
葛井寺では毎月18日だけしか拝観できないし、後ろに回り込むこともできないので、1000本の手がどのように本体に付けられているのかも見えないが、この展示では後ろからも間近に見ることが出来て非常に興味深い。

西宮市 神呪寺如意輪観音
膝の形が変わっている。
西宮市の甲山中腹にある神呪寺(かんのうじ)から如意輪観音菩薩像が出典されており、平安中期の作とされている。如意輪観音像は普通、立膝をしているが、ここでは、半あぐらの形で非常に珍しい。桜の木で作られており、経典で補陀落山の小白花樹を模して、サクラを用いたのだろうと言われている。毎年5月18日だけ御開帳される秘仏である。甲山に登る出発点が神呪寺境内であり、何度も登っていてお寺を訪れているのに、日本三如意輪観音像であるのを今まで知らずにいた。西宮神呪寺、奈良室生寺、大阪観心寺の三大如意輪だ。

まだ他にも、重文・国宝級の秘仏が展示されており、仏像好きには見逃せない展覧会である。

この展示会以降、一般の人は入れない
再現された仁和寺観音堂の内部 33体の仏達


Monday, February 5, 2018

Rain Checkでランカウイ旅

アンダマン海のビーチ
1月末まで2週間、マレーシア・ランカウイ島で療養と避寒の旅をしてきた。
ビーチでシュノーケリング
もともと、昨年8月に夏休と思って予約していたが、予期せぬ入院・手術のため延期せざるを得なかったのを、半年遅れで実現したのだ。昨年、6月ランカウイ島にあるビラタイプのホテルをHPから直接予約し、料金を全額支払っていた。HPからの直接予約は料金がエージェント経由よりかなり安いが、予約変更は出来ない、変更はキャンセル扱いとなり、支払った料金は戻らない条件となっている。ところが6月の定期検診で、ガンが見つかり手術が必要となって予約はキャンセル、本来なら支払ったお金は戻ってこない。お金も大事だが、後期高齢者になった記念のランカウイ滞在をとても楽しみにしていたし、手術後の療養としても、ぜひともこの旅を実現させたいとの想いが強くなった。現地のホテルに直接電話をして、フロントのマネージャーに話してみた。必ず行くので、今回の予約(支払い)をRain Checkにして欲しいと言うのがその目的。
(Rain Checkとはもともと野球の試合が雨で中止になった場合、次の試合のチケットを貰えたことから来ている。今回は無理だけど次回埋め合わせをすると言う意味)
マネージャーは上司と相談して返事するとのことで、かなり冷淡な対応、スケジュール変更を正当化するための電話と理解されたと思う。
やがて、医者の診断書を送ってくれれば検討するとmailで返事が来た。入院時期や手術の内容などが決まるまで、時間がかかり、ようやく医者の英文診断書を現地へ送ったのが2ヶ月過ぎの8月末。そうするとガラリと対応が変わり支払った金額の半額を返却、半分をVoucherにすると言ってきた。連絡してきた人のメールの内容も、丁寧で心温まる御見舞メッセージがあり、この時点でいい人たちだなと思った。
近くのHoliday Villaのプールサイド
そして、1月、術後4ヶ月が過ぎ南国への旅を実現。クアラルンプル空港から国内線に乗り換えランカウイ空港に到着、事前にホテルに迎えを依頼しておいたので、出口で迎車の運転手と会ったのだが、もう一人日本人の若い女性が出迎えてくれた、彼女はホテルから頼まれて私達の通訳として派遣されたのだという。(頼んでないぜ・・・)
彼女の話では、私の今回の宿泊については主要なマネージャーに、丁寧な対応をするようにと連絡されているとのこと。それは、ホテルのオーナーまでRain Checkの話が上がり、オーナーが了承した際の指示だ。その夜、隣の日本食レストランでたまたま来ていたオーナー家族に挨拶し、お礼と特別な配慮に対する感謝を伝えることができた。
夜のビーチサイド・レストラン

翌日、フロントオフィスのマネージャーを訪ねて、特別な配慮への感謝を伝えた。彼女が私の要求を受けてオーナーに掛け合ってくれたそうだ。ちょっと見はクールでビジネスライクなので、冷淡に見えるが、話してみると温かくて有能な人だと分かる。
ビラ全体で15棟の小さなホテル、働いている人の数も知れている、彼ら全員が我々の名前を覚えて、会うたびに、困ったことはないかと聞いてくる。ビラはすべて小高い丘の麓から頂上にかけて建っており、ビラへの往復は急坂が続くため4WDのバギー車が送迎する。このドライバー達が特に気を遣ってくれる。
太陽が眩しい

今回10泊の予定で滞在しているが、予約は同じ棟で7泊まで、残り3泊は連続して予約がとれないので、別の棟に移ることになっていた。投宿2日目にフロントのマネージャーがやって来て、実は、少し離れたところに、同じ系列の新しいホテル(ビラ8棟)が完成、昨年12月にオープンした、各棟にプライベートプールがあるし、ここより大きいので一度見に来ないかとのこと。値段は倍だ、面白いので見学した。豪華さが違う、しかし値段が倍では話にならないと思っていたら、彼女が意外なことを言い出した、この棟を提供するので移ってこないか、値段や条件は従来と同じで結構と言う。ここならずっと最後まで同じ棟で過ごせる。何よりこんな超豪華ホテルに泊まるチャンスは無いに違いない。喜んで、即移動。マネジャーは我々が連泊出来ないのを知っていて、こんな形で最後まで過ごせるように手配してくれたのだ。何の恩着せがましいことも言わず、黙って我々のことを考えてくれていた好意に感動した。
豪華なビラ プライベートプールが付いている
最初の日に空港まで来てくれた日本人の通訳の女性も、オーナーから時々、我々の様子を聞いて、ちゃんと面倒を見るように言われていたそうだ。押し付けがましいことは一切言わず、地元の人達が行くナイトマーケットなどに案内してくれて、住民が食べるマレー料理なども買ってくれる、お金を払おうとしたら、オーナーからお金が出るので気にしなくて良いと言われる。また住民でないと知らないような情報も教えてくれるし、我々はYoga教室に通っていたが、彼女も一度付き合ってくれた。誰も私の病気のことは尋ねないが、気遣ってくれる気持ちは全員からひしひしと伝わってきた。本当に心に響くおもてなしだ。しかも前払いで支払った金額以外、何の追加料金請求も無かったのに驚いた。
部屋に書斎まで、そのままプールに
入ることもできる
人間万事塞翁が馬と言うが、このホテルに昨年の夏泊まっていたら、こんなに温かな人たちと触れ合うこともなく、普通の南国の旅の印象で終わっていたはず。胃は失ったが、ランカウイの人たち一人ひとりの、気持ちのこもった気遣いに毎日囲まれた10日間は、多分一生忘れられない感動の宝物になったのだ。
我が家専用、10mのプール

Tuesday, January 2, 2018

アメリカの天才画家 バーニー・フュークス

肖像画にも才能を発揮し、有名人に人気があった
昨年12月、東京代官山ヒルサイドで、バーニー・フュークス展覧会があり、短期間の展示だったが見に行った。日本では余り知られていないアメリカの画家でイラストレーター、彼の絵は一度見たら、たちまち魅了される画風である、私もその美しさに参ってしまった。バーニーの愛称で親しまれた全米屈指のイラストレーターであり、1962 年、20 代の若さで「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」、翌年63 年には、権威ある「ハミルトン・キング賞」を受賞。75 年、最年少にしてノーマン・ロックウェルなどの巨匠が名を連ねた栄誉の殿堂「ホール・オブ・フェーム」に選出され、アメリカのアートシーンではトップの座に君臨してきた。
イラストレーターとして車のCM画像で認められた
何処かで見たことがあるかもしれない。
彼は、父親のいない貧しい境遇の中で育ち、トランペット奏者になることを夢見ていたが、高校を卒業した夏に工場の事故で右手の指3本を失ったため断念。そこで新たな道を求め、正規の美術教育を受けた経験は無かったが、美術の世界で身を立てることを決意する。フュークスの最初の仕事は、デトロイトのニュー・センター・スタジオ(New Center Studios )の自動車広告のイラストレーターであった。フュークスは、非凡な才能ですぐに認められ、2、3年のうちに、デトロイトの自動車会社専門スタジオ「ジ・アート・グループ」(The Art Group )を立ち上げた。
車のCMから他の分野でも有名になる
これはコカ・コーラのCM 
宣伝するプロダクトを直接描くのではなく
人々や生活を中心に描いている、これはペプシコーラのCM
肖像画でも才能を発揮、歴代のアメリカ大統領の
肖像画を描いている
その後、CMイラストレーターとして活躍しながら、徐々に仕事の範囲を広げ、1998年発行のアメリカの4枚の郵便切手のイラスト制作、雑誌「スポーツ・イラストレーテッド」の表紙などを担当し人気が高まる。
特に、人々の本質を見事に描きぬくバーニーのポートレートは名だたる著名人を魅了し、ケネディをはじめとする米国歴代大統領の肖像画によって名声を更に高めた。
       
イタリアのカフェ
街に漂う空気感がある

娘がイタリア人と結婚したことをきっかけに、1980 年代に初めてイタリアを訪れ、以来その情景に魅せられ、細い石畳の道に射す光やクラシックな街並がつくり出す影を、卓越した筆致とモダンなスタイルで描いてきた。
私の大好きな1枚
ゴルフの試合を描いているが、ゴルファーは一部で
ゴルフ場の季節感、観客、森の光などまさに現代印象派の絵画
競馬のスピード感溢れる一瞬だが、
描きたかったのは雰囲気と光だろう
大胆な光と影の作り出す柔らかな陰影。彼の描くイメージは深みのあるロマンティシズムに満ちており、まさに「現代の印象派」と称されるのが分かる。繊細でソフトな光の表現法を生かし、ノスタルジックで息を呑むように美しい情景を描いた。
この画風は、スポーツ・イラストレーテッドの表紙のみならずその後の作品に反映され、初期欧州印象派に見られる空気感、光の陰影、色合いの変化などを現代に彷彿とさせるようなタッチを感じる。
野球場も多く描いている
試合ではなく練習風景、地方球場の観客や
球場の雰囲気がよく伝わってくる
何か懐かしい。
バーニー・フュークスは2009年9月に亡くなった、享年76歳。「私は見えるものではなく、見えないものを描くのだ」

フランク・シナトラ
この雰囲気、いかにも感があるな・・・

Sunday, November 19, 2017

第69回正倉院展に行きました

第69回正倉院展 11月13日まで
今年69回目となる正倉院展は11月13日に終了した。手術後のリハビリで外出など思いもよらないと諦めていたが、毎年秋の恒例行事になっているので、行ってみた。
長い時間を待つのは、体力が持たない。ネットで調べると、16時以降なら空いているとの情報があり、それを信じて入ると、待ち時間10分。でも中は空いてるわけでもなく、人気の出展品には行列が続いている。毎年、新聞やTVで目玉出展品の紹介があるのに、今年は余り目にしなかったが、ポスターになっている「羊木臈纈屛風 (ひつじきろうけちのびょうぶ)」と「緑瑠璃十二曲長坏 (みどりるりのじゅうにきょくちょうはい)」が目を引く。

羊木臈纈屏風図
巻角の羊
羊木臈纈屛風 (ひつじきろうけちのびょうぶ)
臈纈(ろうけち)とは、いわゆるろうけつ染め手法のこと、日本や中国には居なかったはずの巻角の羊が大きく描かれている屏風の残欠。当時の人達はこの動物を何だろうと思ったに違いない。羊が樹下に立っており、樹上には2頭の猿が遊び、下方には山頂に樹木が小さく表された険しい山が見える。山の左方の頂き近くには1頭の子鹿も添えられている。
巻角(まきづの)の羊や樹下に動物を置く構図は、ササン朝ペルシアの美術に由来するらしいが、下端に墨で、天平勝宝3年(751)わが国で製作されたことを示す墨書が残されている。遣唐使が持ち帰った図柄を元に当時の最高の技術者と資金を投入して作られたと考えられる。現物は退色した黄色が主体だが、古代の染料を分析し、再現したところ朱色,黄色と緑の鮮やかな染料が使われており、とても綺麗な絵だったことが判明した。使われた技術が余りに精緻で、高度だったため後世に伝えられなかった。いわば天平時代だけに花咲いた芸術作品である。出展品全てに言えることだが、1300年も昔の美術品、しかも染ものがこんなにきれいに残って今も鑑賞に耐えるというのは、世界に誇れることではないか。

緑瑠璃十二曲長坏 (みどりるりのじゅうにきょくちょうはい)
長い行列の出来ていた出展品の一つ、見ただけで美しさが際立つガラスの器だ。まるで江戸切子のような柄が刻まれており、黙って出されたらきっと現代のものと思うだろう。
緑瑠璃杯
色と形、模様が現代的
また、形が杯とは言いながら、楕円形をしており、長径22.5cm、短径10.7cmと大振りである。濃緑色のガラス製の長楕円形の杯は、ササン朝ペルシア時代の遺品に多い。長側面の両側に半月形のひだが3段ずつ付き、口縁に12の波ができることから十二曲長坏(じゅうにきょくちょうはい)とよばれる。ゆるやかな曲面に沿って植物文様が刻まれ、長側面の口縁近くにはうずくまるウサギ、短側面にはチューリップに似た花輪がある。鉛ガラス製で、鉛分を多く含んでいることから中国製と考えられており、異国情緒を感じさせる品だ。
玉の尺八
大理石製、どのようにして
作ったのか、まるで竹製

玉尺八 [ぎょくのしゃくはち] (石製の縦笛) 
唐の2代皇帝・太宗のときに作られた古代の尺八は、当時は孔が前面5箇、背面に1箇あり、今日の尺八が前面を4箇とするのとは異なったようだ。 この品は『国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)』に「玉尺八一管」と記されており、聖武天皇ゆかりの尺八で、実際に使われていたそうだ。玉(ぎょく)と呼ばれているが大理石製である。尺八は本来竹製だが、大理石のような硬い石を用いながら3節の竹管を忠実に表現している。見事な造形、一体どのような方法で作ったのか、旋盤もない時代に大理石をくり抜いて、彫刻としても素晴らしいのに、ちゃんと楽器として機能するように造られているも驚きだ。

金銅水瓶 [こんどうのすいびょう] 
鳥の頭が注ぎ口になった
水差し
(金メッキの銅の水差し)鳥の頭形の注口が面白い銅製鍍金の水瓶。胴体は扁平な球形で、上に広口の受水口、下に裾広がりの高台、そして鳥の頭形注ぎ口に続く細長い頸部が側面に接続している。鳥頭のとさかの表現から、これは鳳凰を表しているらしい。受水口の頸部や高台には花弁が刻まれている。全体を10数箇に分割して打ち出しで作り、複数の材をろう付けと鋲留めを組み合わせてつなぎあわせ、鍍金をして仕上げるという工程がとられている。 
これ以外に同様の品が知られていないエキゾチックな形の水瓶で、高度で複雑な技術をもって作り上げられており、非常に珍しい金工品である。

正倉院御物を通して、遣唐使の役割がとても大きかったことが分かる。遣唐使は、当時世界トップの国際都市だった長安から、仏教を中心にした万能の科学として、政治制度、土木、医薬、工芸、哲学などの先端技術と文化全般伝えた。奈良時代は人の青春時代の様に、新しいことへチャレンジして、唐に追いつきたいとエネルギッシュに活動した奇跡の時代だった様に思える。


紅葉にはまだ早かったが、庭園内の紅葉が1本だけ
きれいに色づいていた